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東穀取の解散
福島 恒雄
 東京穀物商品取引所が5月29日開催の臨時取締役会において、市場を他取引所に移管し、解散することを正式に決議した。トウモロコシ、大豆、小豆、粗糖を東工取に移管し、コメを関西取に移管する。解散は来年3月末までに臨時株主総会を開催して決議し、同夏までに会社清算の方向という。第三者的に見れば、当業界のシンボル的存在だった蠣殻町のビルが売却された時点で、こうなることは明々白々だったわけで、今回の決定のタイミングに「やっと」という感覚をもつのは私だけではないと思う。コメが試験上場され、ヘッジ、投機いずれの側面からもコメ市場に対する期待が大きく膨らんだが、その膨らんだ期待とは裏腹に東穀取の曖昧な状態に対する苛立ちはかなり強いものがあった。しかし、その強い苛立ちは単なる苛立ちがあったというだけで、何のアクションをとることもなく、結論が先送りされるがままに放置してきたのは当業界自身であることを忘れてはならない。
 今回の決定を一つの大きな区切りとして、コメ市場の現状を打開するのは当業界の使命であり、義務でもあるはずだ。当業界は、今後、唯一関西で展開されることになるコメ市場を業界あげて盛り立てていかなければならない。業界の悲願であったはずのコメが今のような情けない状況におかれているのは何故か。東穀ビル売却をはじめ、不透明なことを不透明なまま放置し、なあなあで済ませてきたのは他ならぬ当業界であって、悲願であるコメ市場の現状に対する責任の大半も当業界にあるのではないか。
 ところで、東穀取では、今回の市場移管、解散という事態を招いた直接的な原因である出来高の低迷について、度重なる規制の強化とビジネスモデル転換の遅れを理由として掲げているが、実際のところ、何が起こっていたのだろうか。
 別表は、過去10年間の東穀、東工両取引所の出来高推移で、振興協会ホームページにアップされているデータをグラフ化したものである。確かに、両取引所とも平成15年度をピークに減退の一途で、東穀取としては、平成19年度の1780万枚強から634万枚と三分の一の規模に一気に縮小した平成20年度の落ち込みが激しい。平成20年というと、北京オリンピックが開催され、福田さんが「あなたとは違うんです」といって総理大臣をお辞めになった年である。
 東穀取関係に限定しても、米穀新聞社発行の商品取引年鑑2009年版によると、1月に農水省が「農産物商品市場の機能強化に関する研究会」を発足させ、その後、同研究会会合において、東穀取より東工取との次世代システムの統合、株式会社化の意思表明がなされるとともに、アジアの中核的な農産物市場の地位確保に向けての課題等についての検討が重ねられ、3月に報告書案がまとめられ、5月に公表されている。4月には、山野昭二氏が次期常務理事含みで顧問に就任。6月には株式会社化の検討が本格始動するとともに「東穀農産物指数」の公表の開始。9月には当面の経営改善策として、@運営費3割削減A役員報酬2割カットB職員給与体系の見直しC10名程度の希望退職者募集などのコスト削減策が打ち出されている。10月には一般大豆の取引単位を引き下げてミニ化するとともに場節増節が新甫より実施され、11月には既存資産の活用のため関係団体への事務所賃貸の促進が始まっている。
 この平成20年時点で、リストラ策の打ち出しや関係団体への事務所賃貸が始まっていることから、出来高が激減する中、取引所経営が苦しいものとなっていたことがわかる。