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東穀取の解散(2)
福島 恒雄
(承前)
 商品別に出来高の推移をみると、平成20年度の落ち込みの最たるものはNON−GMO大豆だった。平成19年には1千万枚台だったものが、平成20年度には160万枚台へと一気に85%落ち込んでしまっている。またトウモロコシは平成15年度の1千万枚超えのあと漸減、20年度には300万枚。15年度に530万枚だったアラビカコーヒーは20年度には15万枚と3%にも満たないところまで落ち込んでしまっている。
 落ち込み方という意味でひどいのは、東工取の石油製品で、ガソリン、灯油は特にひどい。ガソリンは平成16年の4000万枚強から平成20年度には450万枚とおよそ10分の1に、灯油も同様に平成16年度の2600万枚をピークに平成20年度には240万枚と10分の1以下になってしまっており、石油製品全般でも約7千万枚をピークに平成20年度には755万枚までマーケットが10分の1に縮小している。一方、金を含む貴金属はピークが平成15年度の4180万枚で平成20年度には2676万枚と35%減。ゴムは平成18年度の969万枚がピークで平成20年度には541万枚、45%減となっており、貴金属とゴムにより、平成20年度以降の苦境を乗り切ることができたように見える。貴金属とゴムの存在が東工取に幸いしたといえるが、果たしてそれだけですましていいものかどうか。
 平成20年度の東穀取のNONーGMO大豆市場崩壊の原因は、東工取の石油製品市場と同じく市場管理の拙さだったのではないか。東穀取は、東工取石油製品市楊という前例に学ぶことなく、ただ手をこまねいて見ていただけだった。さらに、大豆市場の崩壊を目の当たりにしながらも、その後も他の商品市場が大豆の轍を踏まないようにしたのかというと、そういった配慮も、検証も、具体的な対策もなかったようにも思う。取引所が自らの土俵を守ることができず、ヘッジャー、投資家、そして市場参加者に拭い去りようもない不信感漂う不透明な市場にしてしまったのである。
 平成16年度までの成功体験に基づく、商品取引所のあり方が、先物市場システム自体からノーを突きつけられたとみることもできる。国際的な商品価格の高騰を受け、当時から今日まで、本来なら、石油製品にしろ大豆、トウモロコシにしろ、空前の活況を呈していても不思議ではなかったはずだ。それがスパイラルに歯止めをかけられずに解散という事態に至ったのは何故か。これらの市場が壊滅的状況になった原因を検証し、改善すべきところを改善し、そのうえで次のステップを踏み出すべきだったのではないだろうか。ビジネスモデルの転換が遅れたのは確かだが、原因と過程を検証し、問題点を洗いださなければ、転換すべき方向性も見えてこないのではないだろうか。
 ただ責任の回避と転嫁の中で、何の意義も意味も見出すことなく、東穀取は解散していくことになる。当時も今も、関西商取を「不動産賃貸業」と揶揄する声がある。それなら、加賀の正米市場あとや日商協ビルどころか、東穀ビルという当業界のシンボルともいえる大いなる遺産を簡単に売却してしまったあげく、解散するという今回の事態をどう表現すればいいのだろう。「穀潰し」と罵るのはいかにも酷いかもしれないが、怒鳴りでもしないと腹の虫がおさまらない方々も多くおられるのではないだろうか。
 市場は、東工取と関西商取に移管され、東工取が農産物を抱える総合商品取引所に生まれ変わり、我が国の商品先物市場は新たな時代を迎えることになる、と明るく、ポジティブに受け止めたいところではある。しかし、先人が営々と築き上げてきた、明治以降の我が国の商品先物市場の歴史における大きな部分が消滅することも忘れてはならないはずだ。