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万策尽きたのか
福島 恒雄
 総合取引所構想、総合取引所の効用というものがどうもよくわからないので、まことに恐縮だがまた書かせていただく。
 今回の金商法改正により、総合取引所が実現するといって、もろ手をあげて歓迎する向きもあるようだが、総合取引所が実現することで達成されるのはいったいなんなのだろう。
 東証と大証で構成する日本取引所グループに東工取で上場されている商品を上場することで、総合取引所が実現するようなことが言われているが、本当にそうなのだろうか。東工取というところは、商品の先物市場であって、東証のような証券の現物市場とは異なる歴史と性格を持つ。吸収するなり、合併するなりするにしても、どちらかといえば金融先物を上場する東京金融取引所の方がよほどわかりやすいと思うのだが、この総合取引所構想には東京金融取引所の姿は全く見えない。
 東京金融取引所のホームページを見ると、「市場の発展に貢献し、新しい価値創造を生み出すことを目的として、国内外の取引所と覚書等を締結」しているとして、ユーロネクスト・ライフ、シンガポール取引所、シドニー取引所、韓国取引所、台湾先物取引所、シカゴ商品取引所、上海先物取引所、東京工業品取引所、大連商品取引所を提携先取引所として掲げている。国内の取引所は東工取だけで、東証も大証もここにはない。
 東京金融取引所は、金融先物という金融デリバティブ商品の拡大、発展に向け、内外の取引所と提携、連携しているようにみえる。いわば先物市場であるということに対する自覚と自負をもって、自立、独立していくという意地をここに感じるのは私だけだろうか。
 一方、東工取では取引システムのバージョンアップを控え、大きな費用がかかることが見えており、言葉には出さないが、このコスト負担増を転化されることをおそれるあまり、転化先として総合取引所を見ている向きもある。これは川向こうにいっても痛くもかゆくもない人のお考えかもしれないが、金を出したくないあまり、自らのステイタスを売ってしまっていいものなのだろうか。
 東穀がビルを売り、来年春にはその歴史の幕を下ろすことになった原因はなんだったのだろう。東穀ビル売却がはっきりしたとき、私は、先人の残した大いなる遺産と歴史を蔑ろにし、無視し、アイデンティティを大切にしない業界に未来があるのか、と書かせていただいたが、今回の総合取引所に対するアプローチも何か同様のものをここに感じている。
 役所も、取引所も、各団体も、そして業者も、東穀の暴挙に何も言わなかったように、今回も、長いものには巻かれろ、事なかれ主義で、なあなあですまそうとする姿勢がみえてしまうのである。
 東工取としても、出来高が伸びないと嘆くばかりで、市場活性化策については何をしているのだろうか。
 懐古主義とお叱りを受けるかもしれないが、取引所の維持存続が難しいなら、昔なら、各市場に市場活性化委員会でも設け、市場活性化策を練りながら、義務売買でもやらせていたところだと思う。また、業者も理事長に頭を下げられたらしょうがない、と取引におつきあいするところだったろうが、どうも不招請勧誘を禁止された腹いせでもないだろうが、業者に市場を盛り立てようという意欲と心意気に欠けているような気もする。
 もし、総合取引所促進論が、コスト負担に耐えかねて、というなら、そんな身売りのごとき振る舞いをする前にやらなければならないことがあるのではないだろうか。そんなことは、独立して、発展していく方途を模索し、戦い抜いたのち、矢尽き、刀折れ、万策が尽きたときにすることだと思う。
 こと、ここに至って、総合取引所構想などというのは、当業界にとっては敗北主義のなにもでもない、と言いたい。