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リスクを取りたがらない日本人
杉江 雅彦
 欧米先進国やアジアの商品先物市場が着々と成長を遂げているのにくらべて、わが国の商品取引所が停滞を通り過ぎて衰退に向かっているのはいかにも残念な現象である。その理由を不招請勧誘という法的規制強化に押しつける議論が業界を中心になされているが、それも一因であろうが、私はむしろわが国の資産運用者(個人と法人を問わず)がリスクを取りたがらない安全指向型であることが大きな原因であるように思われてならない。
 たとえばわが国の家計金融資産の構造をみると、安全資産である現金・預金が全体の半分以上(55.7%)を占める一方、株式・投信・債券を合わせても10数%にしか達していない。これは米国とまったく反対の構造になっている(米国は現金・預金が14.7%)。わが国の場合は60歳以上の高齢者層に金融資産が片寄っているため、年齢とともに行動が保守化する傾向が資産運用にも如実に現れているといってよかろう。
 1981年度のノーベル経済学賞受賞者のJ・トービンは、消費者をリスクに対して攻撃的なリスクティカーと、その反対にリスクを避けたがるリスクアパーターとに分類した。トービンはこの分析で自らの利子理論を構築しようとしたのである。この分類法がその後、広く経済学者の間に浸透してリスク分析の発展に寄与することになった。私ももっぱらこれを使わせてもらっている。もっともわが国の古諺で読み換えると、リスクティカーは「たとえ火の中水の中」も、厭わない人、またリスクアパーターは「石橋を叩いて渡る」人ということになろうか。
 1970年代末に私が先物市場研究の一環としてシカゴに滞在していた時、シカゴ大学の投資研究所長だったローリー博士とリスクについて語り合ったことがある。当時は大蔵省(現財務省)の連中も頭が固く、国債の先物市場開設はおろか流通市場の制度化にも強く抵抗していた時代だったが、私が日本の官僚は先物市場を投機の場としか理解せず、また投機を賭博同然祝していると愚痴をこぼしたとたん、博士は顔を真っ赤にして「投機のどこが悪いんだ、投機は正当な経済行為なんだ」と大声で叫んだものだ。こちらが面喰うほど烈しい口調でまくし立てられたことを、いまでも鮮やかに憶えている。同時にわが国と米国との先物取引に対する感覚の差をあらためて知ることもできた、貴重な体験だった。
 何故、日本人の多くは先物取引だけでなくリスキーな金融商品を避けたがるのだろうか。そんなことを考えていると、過日(11月18日)の日本経済新聞紙上で興味深い記事を見付けた。それは、東北大学大学院の飯島敏夫教授の研究グループがラットの実験で、脳の中にリスクを好む領域があり、この部分の活動を抑制すればリスク回避の行動を取ることを突き止めたというニュースだった。研究によると、脳には島皮質前部という領域があって、この部分が物事の予測を立てる際に重要な役割を果たしているというのである。この部分が過剰に働くとリスクを好むようになるらしいことがわかってきた。
 私はこの記事を読んで、日本人が欧米人にくらべて酒に弱いのは、肝臓でアルコールを分解する酵素が欧米人よりもすくないからだという学説を反射的に思い出した。それと同じように、ひょつとすると日本人は欧米人よりも脳の島皮質前部の作用が弱いのかもしれない。この研究がさらに深化することをのぞみたいが、もし脳のその部分の作用が学習によって活発になるとすれば、商品先物業者による啓発行動が役立つともいえそうである。