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商品ファンドは育たなかったのか(2)
福島 恒雄
 商品ファンドが商品市場に投資するファンドと考えると、ファンドに力点を置くと証券業界のものということになるから、当業界にとってはあくまで「商品市場に投資する」という側面に着目しなければならない。前回書いたとおり米国の法律では、「商品・コモディティ」は「先物・フューチャーズ」と定義付けられているのであるから、商品ファンドは先物ファンドであって、今風にいえばデリバティブファンドということなり、当業界は、ファンドという集団投資スキームの投資行動先であるということになる。
 商品ファンドが注目されたのは、1987年10月に起こったブラックマンデー時に、投資ファンドが軒並みパフォーマンスを大幅下落させていた時期に、マネージド・フューチャーズが85%という驚異的な利回りを見せたからである。株価指数先物を含む先物取引で格段のパフォーマンスをあげたことで商品ファンドは注目されることになり、先物取引、先物市場自体が投資対象として再認識され、見直されることになる。
 大豆や小麦、石油、金属など商品市場で取引されている商品は、それぞれ独自の需給バランスの中で価格が変動する独自の世界の中にある。株価が上がれば、商品も上がる、というものではないから、商品先物市場に投資することで分散投資効果がより高くなるわけで、有価証券主体のファンドなり投資信託が本筋の有価証券に加え、先物取引への投資を一定部分組み込むことはリスク分散を期待できる有意義なことということになる。また、同じ商品市場においても、個々の商品は個々の商品ごとに需給環境は異なるから、多岐にわたる商品に多角的に運用することでも分散投資の効果を期待することができるはずである。
 これまで、何度も繰り返し述べてきたことであるが、投資行動において、リターンとリスクは同等に存在する。多角的に分散して投資することは、それぞれの投資対象自体が抱えるリスクを相殺させ、ハイリスクをミドルリスク程度にならすことを期待しての行動ということができるかもしれない。その意味で、多角的分散投資は、投資行為における投資リスクに対応するヘッジ効果への期待といえなくもない。
 ファンドマネージャーが、組成するファンドの運用を誰に任せるか判断する場合、一連のヒストリカルデータの中でマキシマムドローダウンという数値を判断材料として使うが、これは当該トレーダーのパフォーマンスにおける過去最大の落ち込み値、あるいは率である。
 素人考えでは、この数値が大きいCTAを採用することには抵抗感があって当然だが、知人の今は亡くなられたトレーデイングマネージャーの方にお聞きしたところによると、リスクとリターンは同等に存在するということを考えれば、最大の落ち込みということは最大のリターンの可能性を示す、とのことで、任せる投資金額(契約金額─想定額と実額、レバレッジ率等を考慮して設定される)のシェアをどうするか、というのが課題であって、契約自体の可否を決める要素ではない。そのマキシマムドローダウンが発生したときの対処の姿勢を見ることこそが重要。負けているときに、プログラムをいじったり、言い訳したりする奴は採用すべきではない。自分のプログラムを信じ、投資哲学を貫くような頑固な奴の方が結果を出してくる、と言っていたが、果たして、今のファンドマネージャーの方々は、どんな判断基準で投資アドバイザーを選定しているのだろうか。
 いずれにしろ、商品ファンドが商品ファンドたる所以であり核となる存在理由は、商品市場への投資行動であって、ファンドの組成ではない。あくまで、商品市場に投資する商品投資顧問、CTAの存在こそが商品ファンドそのものといえる。
 商品ファンド法施行後、当業界の各社がCTA設立に向け動いたものの、生き残り、活躍しているのはアストマック社のみで、他は姿を消してしまった。
 商品ファンドが我が国で育たなかった最大の理由は、取引所を含む当業界が、優秀なCTAを育てることができなかったからだと思う。では、なぜ当業界はCTAを育てられなかったのか、次回以降で考えてみたい。