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2017年1月1日
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2011年1月1日
 昨年、実家を出て、職場の近くに(世田谷)へ転居しました。
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2010年1月1日


2009年1月1日




2008年1月1日
 ◇今年は年男、いろいろと考えています。……




2007年1月
 祖母が昨年末永眠しました。喪中のため新年のご挨拶を欠礼しました。

2006年11月14日
No.19

 秋期研修旅行の3日目の夜が終わろうとしています。写真のアテネ市街も素晴らしいですが、本日訪れた、ミケーネの遺跡も予習してから行ったので、もっとよく感じました。
 エピダウロスの古代劇場で「君が代」を歌いました。気持ちがよかったです。今のところ大きな事故もなく日程は進んでいます。
 明日はエーゲ海クルーズです。天気は……のようです。
 また来月……
2006/11/05 アテネより Ken



2006年8月3日
No.18

 暑中お見舞い申し上げます。
 今日は比較的涼しいロンドンです。ウインブルドン・アスコット競馬場・アビーロード・グリニッジ天文台・カティーサーク号と穴場ばかり巡っています。明日からは名所を巡る予定です。この葉書が届く頃は、エッセン・ポツダム・ベルリン・ワイマールを訪れる予定です。
 次は列車での移動だけになりそうです。体だけには気をつけてください。
 30,07,2006 ロンドンより Ken



2006年7月14日
No.17
 W杯 '2006 写真集

  生ベッカムも見てきました。

 6月9日からはじまったW杯は幕を閉じました。5月30日におこなわれた日本とドイツの親善試合からずっと、この人口約1万8000人のザウルガウでも約40日間お祭り騒ぎがずっと続いていました。日独親善試合直後、「タカハラ」「タカハラ」と町の人は言っていました。
 日本チームは残念な結果になりましたが、私自身としては6月25日にシュトットガルトでイングランド対エクアドルを観戦できました。(4年前の日韓大会のときはテレビだけでしたが・・・)
 この町にはドイツ人はもちろん、私が知っているだけでもイタリア系は無論、フランス・ブラジル・中国・トルコ・イラン・セルビアなどを祖国にいる人がいることを知りました。
 7月27日〜8月1日にロンドンへ参ります。競馬のキングジョージ6世&エリザベス2世Sに日本から参戦するハーツクライ号の応援です。有馬記念・ドバイシーマクラシックに続き、勝利が得られることを信じて応援します。
 また、紀行文を送信できればと思います。



2006年4月1日
No.16
 先週はドバイ競馬を楽しんで来ました。
 ドバイから絵葉書をと思いましたが、眠くて仕方ながないのでFrankfurtへの機中で書いています。
 行きは東欧上空・黒海・トルコ国内・イラン・ペルシャ湾を縦断しました。イラクやアゼルバイジャンの上空を通過しないのは国際情勢のせいでしょうか、時間が少々かかる要因でしょう。
 4月のトルコを楽しんで下さい。

26.03.2006 イラン南部上空より Ken


2006年2月19日
No.15

 先日スキー合宿でオーストリアのツェル アム ゼーに参りました。今回はスキー合宿の行事担当等々でオーストリア アルプスの風景が一枚も撮れなかったので絵葉書でご容赦を。春休みはS学園時代の非常勤仲間が来るにせよ来ないにせよ、ベルリン・ポツダム・プラス旧東独の都市を訪れる計画です。健康には気をつけて、では… 
2006/1/29 Ken



2006年 元旦



2005年10月31日
No.14
 ドストラーという名のケバップ屋の日本語メニューを作りました。
こうして、地域との親交を深めています。マスターはイスタンブール出身です。

2005年10月6日 (10/5 19:56)
No.13
 10月2日、パリの市内からほど近いロンシャン競馬に世界最高峰レースのひとつ凱旋門賞を観戦に行きました。日本の競馬場にはない光景で、老若男女この日のために着飾り、とても華やかでした。(私もスーツを着て行きました。)
 日本の競馬場も年に一回や二回はこういう日があっていいのではと思いました。
 写真はまた後日…

2005年9月4日 
ドイツ便りの画像が小さく折角の風景が不鮮明でした。480×360でスライドにしました。
                                      Mey 

グロスグロックナー・ドロミテ編(2005/8/4〜7日)


2005年9月2日 (9/01 23:47)
No.12
グロスグロックナー・ドロミテ編(2005/8/4〜7日)

オーストリア公式ページへ


2005年8月25日 (8/23/08:02)
No.11
アイスランド周遊の旅(2005/8/13〜19日) >>
  (今年の夏の最大の目的、アイスランド周遊です)
 
アイスランド公式ページへ


2005年8月22日 08:02
No.10
◇ 「森と湖の国」フィンランド周遊旅行 (2005/8/8〜13日)>>
 


フィンランド公式ページ



2005年7月19日 06:53
No.09
 本日19日より21日まで映画「サウンド=オヴ=ミュージック」の舞台となったオース
トリアのザルツブルグに行って参ります。

2005年7月8日 03:11
No.08
夏の予定が決まりました。
 8月8日から8月20日までフィンランド(ムーミン谷)とアイスランドとフランクフルトに行きます。

8月8日 フリードリッヒスハーフェン(ザウルガウから1時間でつける空港)→フランクフルト→ヘルシンキ
LH 393  FDH/FRA 1100/1205 @
LH3102  FRA/HEL   1430/1750 A
8月9日 ヘルシンキ→タンペレ(ムーミンワールドのある町)
AY3269  HEL/TMP 1340/1420 A
8月10・11日 タンペレ滞在

8月12日 タンペレ→ヘルシンキ
AY3270  TMP/HEL 1440/1515 B
8月13日 ヘルシンキ→レイキャビーク(アイスランド)
FI 343  HEL/KEF 1525/1555 B
8月14日〜18日 レイキャビーク滞在

8月19日 レイキャビーク→ヘルシンキ→フランクフルト
FI 342  KEF/HEL 0740/1405 C
LH3103  8月19日  HEL/FRA   1845/2015 C
8月20日 フランクフルト→フリードリッヒスハーヘン→ザウルガウ
LH 394  FRA/FDH   2045/2145 @


2005年6月8日 07:09
No.07
5月28日から5月31日までパリに旅行してきました。行きは寝台列車で国境を越えます。帰りはStuttgartまでは飛行機、残りは列車とタクシーでした。

 画像の縮小が出来るようになりましたので送ります。
(巻頭右側のスライド参照)


2005年5月19日 00:31
No.06
オリジナル画像が送れるようになりました。
先日(4月20日)に訪れたオイロパパーク
にはベルリンの壁のかけらがありました。
その写真がup出来たので送ります。










2005年5月15日 09:37
No.05
5月7日のブンデスリーガ
 ドイツの国技ともいわれるドイツのプロサッカーブンデスリーガの試合観戦をしました。携帯電話の写真機能を利用し、パソコンに転載しました。この球技場はダイムラースタジアムといい、名のごとくベンツの出資したものであります。ホームのvfbシュトットガルトが試合終了直前ゴールを決め、1−0でハノーヴァー96に勝ちました。

 来年のドイツワールドカップの会場の一つになります。願わくば、ここに日本代表チームが来ることを願います。

2005年5月10日 01:35
No.04
 南ドイツにも海がある
 5月8日はボーデン湖に同僚とドライブに行ったときの写真です。ボーデン湖に浮かぶマイナウ島はギネスブックに載るくらい花畑が広がり、熱帯植物園や熱帯チョウ園がありました。撮影者は私ではありませんが、遥か遠くにスイスアルプスが望めました。ドイツ語表記ですとBodenSeeです。列車でも1時間程度なので、休暇がとれるときは、行くことができそうです。



No.03
 
 昨日(4月20日)は引率で、ドイツ最大のテーマパーク「オイロパ=パーク」に参りました。面積は東京ディズニーランドの1.4倍だそうです。天気はあいにく雨で、気温が10℃を下回り寒かったですが、生徒たちはそれなりに楽しんだようです。慰労会は、いつものごとく中華屋でおこなわれました。ここの通称「おばちゃん」は香港出身。一人で店を訪ねると、英語とメモ用紙を持ってきて漢字を使って怒涛の質問攻めをする楽しい方です。

 今日(4月21日)は校外研修のお疲れ休み(研修日とよんでいる)の日で昼間、ケバブ(クレープの生地に肉や野菜を詰めたトルコの食べ物)&ピザ屋に行きました。そこのマスターは顔立ちからして、中東系(トルコの近く)で私に英語で話しかけてきました。そこそこ、話はできるものの、マスターが突っ込んできた内容は「中国における反日デモ」のことでした。しどろもどろでしたが、なんとか会話成立?!でした。その後、その店にはギリシア人がやって来て、やはりお互いにたどたどしい英語で会話成立?!しました。ドイツは寒い!ギリシア帰りたいと言っていました。英語・ドイツ語・日本語による、「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」講座にはじまり、ギリシア・日本の友好を築きましたなんて。

 こんな田舎町でも日本・中国・トルコ系・ギリシアと多様な民族が集まるドイツの現状がピザ屋でもおわかりいただけるでしょうか。
 では。Auf dersehen ! 
   Auf Wiedersehenは英語でいうSee you Againに相当します。


2005年4月14日 00:42
No.02
 
 今、午後5時33分です。ここザウルガウはやっと日中の最高気温が10℃になりました。まあ、釧路みたいなところかな。霧がかからないぶんいいかな。授業がはじまると日本とかわらない生活になります。塾や予備校がない分、専念でき、かつ0時就寝、午前6時起床の生活を繰り返しております。食事はほとんど寮生と同じで、当座はこまっておりません。物価は食費が日本と変わらず、電化製品は安く、繊維品が高 い印象がします。中国の安価な衣料品おそろしさを感じました。ー食料品の消費税が7%・非食料品の消費税が16%です。日本もいずれこうなるのでしょう。では、また。

2005年4月1日
 No.01
 赴任地、ドイツ『バート・ザウルガウ』に無事到着しました。
 このチャンスを生かしてヨーロッパ文化を勉強してきます。
 ドイチュランド リンデンシュトラッセ.18 バードザウルガウ市 バーデン・ヴェルテンベル州

 時折ヨーロッパ事情をお知らせします。

2005年2月11日
 4月から『ドイツTI学園』に2年の予定で赴任が内定しました。
 男 33歳“一念発起”新天地で現地邦人の子供達の教育に専念します。
 

赴任地『バート・ザウルガウ』はドイツの田園都市

 バート・ザウルガウ市は、バーデン・ヴュルテンベルク州の州都シュトゥットガルトから南に120km、ドイツ最南部に位置します。スイス、オーストリアとの国境までは車で1時間半の距離にあり、人口は15,400人。「バロック街道」にある鉱泉の湧く美しい田園都市です。このため旧ザウルガウ市は 「鉱泉」に意味の「バート」をつけて2000年よりバート・ザウルガウ市に改称しました。ドイツの最南部といっても、緯度でみると北海道の稚内よりもさらに北になります。日本と同様に四季はありますがやはり冬は長く、 10月中旬には初雪が降ります。日本では熱帯夜が続く8月も、ここバート・ザウルガウでは 「さわやかな秋」といった気候です。
 市の中心には12世紀につくられたロマネスク様式の「聖ヨハネ・バプテスト教会」が建っています。この教会の尖塔にはコウノトリが巣をつくり、これが町の守護鳥ともなり観光名物になっています。

さまざまな顔を持つ「バーデン・ヴュルテンベルグ州」

 ライン川をはさんで、フランス、スイスと隣り合うドイツ南部のバーデン・ヴュルテンベルグ州。面積35,750平方キロメートル、人口は900万人を擁し、日本からもエレクトロニクス、精密機械関係の一流企業が数多く進出しているドイツ経済・産業の中枢ともいえる州です。同時に、劇作家・詩人シラー、哲学者ヘーゲル、そして ヘルマン・ヘッセ、アインシュタインを生んだ州であり、経済・産業だけでなく、芸術・文化・観光とさまざまな魅力を持っています。

ベンツと芸術の町、州都シュトゥットガルト

 「シュヴァルツヴァルト(黒い森)への玄関」とも言われるシュトゥットガルトは、ダイムラー・ベンツの町として有名ですが、シュトゥットガルト バレエ団やシュトゥットガルト放送交響楽団を擁する文化都市としても、世界的にその名を知らされています。
おわり